マザッチオ
初期ルネサンスを代表する画家
初期ルネサンスを代表する画家
マザッチオ(本名:トンマーゾ・ディ・ジョヴァンニ・ディ・シモーネ・カッサイ)は、1401年にイタリア・サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノで生まれ、1428年にわずか27歳で亡くなった初期ルネサンスの画家です。活動の中心はフィレンツェ。彼はそれまで装飾的だったゴシック様式の絵画に、遠近法や自然な人体表現を取り入れ、新しい時代の扉を開いた画家として知られています。「マザッチオ」というあだ名は、「大雑把なトンマーゾ」という意味で、無頓着な性格を指しています。 |
最初期の作品のひとつで、現存する最古のマザッチオの作品とも言われています。1412年に制作され、ゴシック様式とルネサンスの要素が混在している過渡期の作品です。遠近法の初期的な試みも見られ、後の革新的な作品への布石となっています。
フィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されている作品で、聖アンナが聖母と幼子イエスを見守る構図が描かれています。マザッチオはこの作品においても柔らかな色彩と自然な人体表現を取り入れ、神聖さと人間らしさの共存を表現しています。
左:修復前
右:修復後(後年になって付け加えられた股間のイチジクの葉が除去されている)
フィレンツェのブランカッチ礼拝堂に描かれた壁画の一部。アダムとイヴが楽園を追われる場面を描いており、強い感情表現と写実的な肉体表現が特徴です。イヴの悲痛な表情やアダムのうなだれた姿は、それまでの宗教画にはなかった人間らしさを感じさせます。
フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ教会に描かれたフレスコ画で、遠近法を駆使して描かれた初期の傑作とされています。絵の奥行き感は当時としては非常に革新的で、絵を前にするとまるで空間が奥に広がっているかのように感じます。
同じくブランカッチ礼拝堂に描かれた作品。キリストが税を払うように弟子たちに指示する場面を、前景・中景・背景に物語を分けて描いています。一枚の画面の中で時間の流れを感じられる構成は、物語性に富んでいます。
ブランカッチ礼拝堂に描かれている大作で、死んだテオフィルスの息子をペテロが生き返らせる奇跡を描いています。ドラマチックな構図と繊細な人物描写に加えて、建築空間の奥行き表現も巧みに取り入れられています。場面の中に登場する人物それぞれの表情やしぐさが、物語を生き生きと伝えています。
マザッチオの最大の功績は、遠近法の確立と人体表現の革新です。それまでの絵画では平面的で象徴的に描かれていた人物が、マザッチオの手によって立体感を持ち、重力を感じさせる存在として描かれました。光と影を意識した描写も、彼の大きな特徴です。
彼は建築的な構造感を画面に持ち込み、画面の中に自然な奥行きを作り出しました。これにより、観る者は絵の前に立つと、その空間に入り込むような感覚を得ることができます。
また、人物描写においては人間らしい感情表現を重視しました。苦悩、悲しみ、祈りといった感情を顔の表情やポーズから読み取れるようにしたことは、それまでの宗教画において画期的でした。
さらに、物語性を持たせる構図の工夫も見逃せません。一枚の絵画の中に異なる時間軸を描き込む技法は、後世の物語画に大きな影響を与えました。
マザッチオは作品に全力を注ぐ一方で、身なりや生活は無頓着だったと伝えられています。そのため「マザッチオ」(ずぼらなトンマーゾ)というあだ名で呼ばれるようになりました。また、彼は27歳という若さで急死しており、その死因は不明で、暗殺説などもささやかれています。
彼の性格は控えめで内向的だったと言われており、社交よりも絵画に没頭する日々を送っていました。しかし、同時代の画家フィリッポ・リッピや建築家ブルネレスキとは親交があり、彼らと美術や遠近法の理論について語り合っていた記録も残されています。
また、共にブランカッチ礼拝堂の制作に関わったマゾリーノとは良好な関係を築いていましたが、時に若さゆえの衝突もあったようです。それでもマゾリーノはマザッチオの才能を高く評価し、途中でローマに旅立つ際には制作を任せるほど信頼を寄せていました。
ヴァザーリは「彼は絵筆を持つときだけ情熱を燃やす人だった」と評しており、金銭や名誉には無頓着で、芸術そのものに真摯であったことがうかがえます。仕事場には未完成のスケッチが散乱し、食事を忘れて描き続けたという逸話も伝わっています。
マザッチオの作品は、ルネサンスを代表するミケランジェロやラファエロに大きな影響を与えました。特にミケランジェロは、ギルランダイオ工房の徒弟時代にブランカッチ礼拝堂で彼の作品を模写し、人体描写や構成の技法を学んだとされています。また、ジョルジョ・ヴァザーリの『芸術家列伝』でも称賛され、後の芸術教育においてもお手本とされました。
マザッチオが確立した遠近法や光と影の表現は、建築家フィリッポ・ブルネレスキや理論家レオン・バッティスタ・アルベルティの理論と共鳴し、ルネサンス美術の基礎となりました。
さらに、彼の物語性を重視した構図は、後の絵画において「連続する物語表現」という手法の礎を築き、ティツィアーノやカラヴァッジョにも影響を与えたと考えられています。
弟子や同時代の画家だけでなく、マザッチオの描いた人間らしい表現は、宗教画を超えた普遍的なテーマとして伝わり、以降のヨーロッパ絵画全体に影響を及ぼしました。
19世紀から20世紀にかけても、マザッチオの「構造を重視する姿勢」や「正直な描写」は、多くの近代画家に影響を与えたと言われています。ポール・セザンヌは「絵画はマザッチオに帰るべきだ」と語ったと伝えられており、自らの絵画においても安定感ある構造と自然な遠近感を追求しました。
また、ピカソも若い頃にイタリアを訪れ、マザッチオの壁画を目にして感銘を受けたことが知られています。ピカソは「簡潔さの中に宿る真実」としてマザッチオを評価し、キュビズムにおいてもその影響を垣間見ることができます。
さらに、アンリ・マティスは構成と明快さを大切にした画家として知られていますが、マザッチオの作品を研究し、その無駄のない構図から学ぶことが多かったと語っています。
現代でも、美術館でマザッチオの作品に触れた多くの画家や芸術家が、彼の時代を超える普遍性と表現の誠実さを称賛しており、美術教育においても模写や研究対象として欠かせない存在となっています。