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レオナルド・ダ・ヴィンチ
その他の代表作品

目次

  1. 受胎告知
  2. 岩窟の聖母
  3. 聖ヒエロニムス

『受胎告知』
若きレオナルドの才能が光るデビュー作

1. 作品の概要

『受胎告知』は、レオナルド・ダ・ヴィンチが20歳前後の若い頃に制作した最初期の作品です。フィレンツェの画家アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房で修業していた時期に描かれたとされ、工房の共同制作である可能性も指摘されています。

本作は、天使ガブリエルが聖母マリアに「神の子を身ごもった」と告げる聖書の場面を描いたもので、ルネサンス美術における典型的なテーマの一つです。しかし、レオナルドはこの伝統的な宗教画に革新的な表現を取り入れ、後の名作につながる要素を示唆しています


2. 『受胎告知』の特徴と革新性

① 若きレオナルドの「写実性」と「光の表現」

レオナルドは師ヴェロッキオのもとで彫刻や透視図法、人体のデッサンなどを学んでいました。本作では、若き日の彼の観察力と写実性がすでに発揮されています。

  • 天使の翼のリアリズム
    • 一般的な受胎告知では、天使の翼は装飾的に描かれることが多かったが、本作では鳥の羽を研究した結果を反映し、精密に描かれている。
    • 近年のX線調査では、当初の翼はより短く、後で大きく描き直された形跡がある。
  • 柔らかな光と影の表現
    • 天使とマリアの顔や衣服の陰影に、スフマートの萌芽が見られる。
    • 物体の輪郭をぼかし、自然なグラデーションで描くことで、現実の光と空気感を再現。
  • マリアの衣服のひだ
    • ドレープのひだが自然で、まるで布の重みや柔らかさを感じられる。
    • これはレオナルドがヴェロッキオ工房で彫刻の技法を学び、立体的な形状を理解していたことを示す。

② 遠近法の試みと「ミス」

本作には、レオナルドが学んだ線遠近法(パースペクティブ)の知識が活かされています。

  • 庭の奥行きや建物の遠近感は、正確な消失点に基づいて構成。
  • ただし、聖母マリアの右手の遠近法に誤りがある
    • 彼女の右手は、膝の上に置かれた開いた聖書に触れているが、実際の手の位置と角度が不自然
    • これは、遠近法の知識が未熟だったことを示唆するが、一方で「このミスですら絵の魅力になっている」と評価されることもある。

③ 象徴的な背景:自然への探究心

  • 背景には、フィレンツェ郊外の風景が広がり、奥行きを感じさせる。
  • 遠景は青みがかった色調で描かれ、空気遠近法が用いられている
  • レオナルドは生涯にわたり自然を科学的に観察し、絵画に取り入れることにこだわったが、その姿勢はすでに本作に表れている。

3. 『受胎告知』にまつわる面白エピソード

① 師ヴェロッキオの影響

『受胎告知』は、レオナルドの師であるヴェロッキオ工房の作品として注文された可能性が高い。

  • 一説には、工房の他の画家たちが背景や衣装の一部を描き、レオナルドが天使やマリアの顔、手の部分を担当したと言われる。
  • これに関しては確証がないものの、ヴェロッキオの絵画や彫刻と比較すると、レオナルドの手による表現の繊細さが際立っている

② 受胎告知における「レオナルドらしさ」

  • ルネサンス期の一般的な受胎告知では、マリアが「驚きの表情」で描かれることが多かった。
  • しかし、レオナルドのマリアは穏やかな微笑を浮かべ、静かに天使を迎えている
  • これは後の『モナ・リザ』の「神秘的な微笑」につながる要素とも考えられる。

③ 海外移送時の勘違い

  • 1867年、イタリア政府は『受胎告知』を美術館に移す際、レオナルドの作品ではないと誤解していた。
  • しかし、後にレオナルド作品と認識され、ウフィツィ美術館の最重要展示作品の一つになった。

4. まとめ

『受胎告知』は、レオナルド・ダ・ヴィンチのデビュー作でありながら、彼の革新的なアプローチが随所に見られる作品です。

  • リアリズムへのこだわり(羽の描写、衣服のひだ、光の効果)。
  • 遠近法の挑戦とミス(手の位置の違和感)。
  • 静謐な雰囲気(伝統的な宗教画と異なる、落ち着いたマリアの表情)。

若き日のレオナルドは、すでに後の『モナ・リザ』や『最後の晩餐』に通じる芸術的要素を持っていました。
『受胎告知』は、彼の才能の片鱗を感じられる貴重な作品であり、ルネサンス芸術の発展を語る上でも重要な一枚です。

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『岩窟の聖母』
2つのバージョンの謎

左:ルーブル版 右:ロンドン・ナショナルギャラリー版

1. 作品の概要

  • 制作年:1483年~1486年(ルーヴル版)、1495年~1508年(ロンドン版)
  • 技法:油彩(板→後にキャンバスへ移植)
  • サイズ
    • ルーヴル版:199 × 122 cm
    • ロンドン版:189.5 × 120 cm
  • 所蔵
    • ルーヴル美術館(フランス・パリ)
    • ナショナル・ギャラリー(イギリス・ロンドン)

『岩窟の聖母』は、レオナルド・ダ・ヴィンチがミラノ時代に描いた聖母子像の代表作であり、2つの異なるバージョンが存在することで知られています。
ルーヴル版(初作)とロンドン版(改訂作)は、どちらも洞窟のような背景に聖母マリア、幼いキリスト、幼い洗礼者ヨハネ、天使を配置した構図ですが、細部には重要な違いがあります。


2. 2つのバージョンが存在する理由

『岩窟の聖母』が2つ存在する理由は、契約上のトラブルに起因しています。

① 最初の作品(ルーヴル版)

  • 依頼背景
    • 1483年、ミラノの「無原罪の御宿り教会(サン・フランチェスコ・グランデ教会)」の祭壇画として依頼される。
    • レオナルドと工房の画家たちによる共同制作。
  • 完成後の問題
    • 契約では200リラの報酬が約束されていたが、完成後、レオナルドは「この作品は契約以上の傑作だ」と主張し、追加の報酬を要求
    • 教会側はこれを拒否し、支払いを行わなかった。
    • その結果、この作品は教会に納品されず、市場に流出し、後にフランスに渡ってルーヴル美術館に収蔵された。

② 2作目(ロンドン版)の誕生

  • 背景
    • 教会側は祭壇画が納品されないため、レオナルドに新たなバージョンを制作させた
  • ロンドン版の特徴
    • より宗教的な要素を強化
    • 洗礼者ヨハネの十字架の杖が追加されるなど、教会の意向が反映された。
  • 最終的な納品
    • 1495年~1508年にかけて修正を加え、正式に教会に納品された。
    • 19世紀になり、イギリス政府によって購入され、ナショナル・ギャラリーに収蔵された。

3. ルーヴル版とロンドン版の主な違い

ルーヴル版(最初の作品) ロンドン版(改訂版)
天使の視線 鑑賞者を直接見つめる 目を伏せて下を向く
聖ヨハネのポーズ 両手を合わせて祈る 十字架の杖を持つ
色調 温かみがあり神秘的 明暗のコントラストが強い
背景の岩 滑らかで自然な形状 ゴツゴツした岩肌
マリアの手の位置 自然に差し伸べている ヨハネの肩に明確に手を置く
植物の描写 より自然で緻密な描写 簡略化された表現

① 天使の視線

  • ルーヴル版:天使が直接こちらを見つめ、神秘的な雰囲気を持つ。
  • ロンドン版:天使は視線を下に向け、より宗教的な雰囲気を強調。

② 聖ヨハネのポーズ

  • ルーヴル版:幼い洗礼者ヨハネは合掌している。
  • ロンドン版:ヨハネは十字架の杖を持ち、よりキリスト教的な象徴が強調される。

③ 背景の表現

  • ルーヴル版:洞窟のような背景が柔らかく自然な光に包まれている
  • ロンドン版:背景の岩がよりゴツゴツし、人工的な印象を与える。

4. 科学的調査と新発見

① X線解析による発見

  • ロンドン版には、下描きの段階で構図が何度も修正された跡がある。
  • これは、最初の作品(ルーヴル版)を元に、教会の意向を反映して変更を加えたことを示唆している。

② ルーヴル版の自然主義

  • ルーヴル版の植物の描写は非常に精密で、実際に存在する植物が細かく再現されている
  • これは、レオナルドの科学的探究心が反映された部分と考えられている。

5. それぞれの作品が持つメッセージ

① ルーヴル版:神秘的で自由な表現

  • 芸術的な探求を重視し、宗教的制約が少ない。
  • 天使の視線や、より柔らかな表現が特徴。

② ロンドン版:宗教的メッセージの強化

  • 教会の意向を反映し、より宗教的な意味が強まる。
  • ヨハネの十字架や、天使の視線の変更が象徴的。

6. まとめ

『岩窟の聖母』に2つのバージョンが存在する理由

  • ルーヴル版(最初の作品)は報酬トラブルのため教会に納品されず、市場に流出。
  • ロンドン版(改訂版)は教会の意向を反映し、より宗教的な要素が強調された。

ルーヴル版はレオナルドの芸術的探求が色濃く表れた作品、ロンドン版は宗教的な目的を強調した作品として位置づけられる。

この2つのバージョンは、レオナルド・ダ・ヴィンチの芸術と宗教の間の葛藤を象徴する作品と言えるでしょう。

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『聖ヒエロニムス』
未完のまま残された神秘の宗教画

1. 作品の概要

  • 制作年:1480年頃(未完)
  • 技法:油彩(板)
  • サイズ:103 × 75 cm
  • 所蔵:バチカン美術館(イタリア・バチカン市国)

『聖ヒエロニムス』は、レオナルド・ダ・ヴィンチが30歳頃に手がけたとされる宗教画ですが、未完のまま放棄された作品です。
完成されなかったものの、レオナルドの解剖学的探求や精神性が色濃く反映されており、特に人体表現のリアリズムにおいて重要な作品とされています。


2. 聖ヒエロニムスとは?

① キリスト教における聖ヒエロニムスの役割

  • 4世紀の神学者・翻訳家で、ラテン語訳聖書「ウルガータ」の編纂を行った人物。
  • 砂漠で苦行を積みながら、瞑想し、祈りを捧げた修道士として描かれることが多い。
  • 伝説によれば、ライオンの棘を抜いたことで懐かれ、共に過ごしたという逸話がある。

② レオナルドの『聖ヒエロニムス』における表現

  • 典型的な「苦行のヒエロニムス」として描かれ、痩せ細り、衰弱した姿が特徴的。
  • 右手を胸に置き、左手には石を持ち、自らの胸を打っている(苦行の象徴)。
  • 画面の奥には、彼と共にいるはずのライオンの姿も確認できる

3. 作品の特徴と象徴

① 解剖学的リアリズム

  • 本作の最大の特徴は、人体の骨格や筋肉が極めて精密に描かれている点
  • レオナルドはこの時期、解剖学に強い関心を持ち、人体の構造を詳細に研究していた。
  • 痩せ細ったヒエロニムスの首や肩の筋肉、皮膚のたるみまで正確に再現されている

② スフマート技法の試み

  • 本作は未完ながら、レオナルド独自の**スフマート技法(輪郭をぼかしてリアルに見せる)**が試されている。
  • 影と光の微妙な変化が、人物の精神的な苦しみを強調している。

③ 精神性と苦行の象徴

  • 聖ヒエロニムスの苦行は、キリスト教において罪の赦しを求める自己犠牲の象徴とされる。
  • 本作のヒエロニムスも、瞳を見開きながら、天を仰ぐような姿勢をしている。
  • これは、レオナルドが単なる宗教画ではなく、内面的な葛藤を描こうとした可能性を示している。

4. なぜ未完のまま放棄されたのか?

① 依頼の中断

  • 本作がどのような経緯で依頼されたかは明確ではないが、発注者が支払いをしなかった可能性がある
  • レオナルドは、当時フィレンツェを離れ、ミラノの宮廷に仕官するなど、多忙を極めていた。

② レオナルドの完璧主義

  • レオナルドは常に「より完璧な形を求める」芸術家だった。
  • 何度も構図を練り直し、最終的に完成に至らなかった可能性がある

③ 作品の発見と修復

  • 19世紀に、異なる数枚の板に分割された状態で発見される。
  • それらが統合され、現在の形でバチカン美術館に収蔵された。

5. 美術史における評価

① レオナルドの解剖学的研究を反映

  • 筋肉の表現や骨格の描写が極めてリアルであり、当時の宗教画には珍しい
  • これは、レオナルドが科学と芸術を融合させようとした証拠とされる。

② 他の宗教画との違い

  • ルネサンスの宗教画は、一般的に「神聖な雰囲気」が強調される。
  • しかし、本作の聖ヒエロニムスは、現実の人間の苦しみをありのまま描いたように見える
  • これはレオナルドが人間の内面を探求する姿勢を持っていたことを示唆する

③ 未完ながらも高い評価

  • 美術史家たちは、未完ながらも「レオナルドの精神性と科学的探究心が融合した作品」として評価。
  • X線解析により、ヒエロニムスの体の下に別の構図が描かれていたことも判明し、レオナルドが何度も描き直していたことが分かっている。

6. まとめ

『聖ヒエロニムス』の意義

  • 未完のまま放棄された作品だが、レオナルドの解剖学的探究の集大成とも言える。
  • 人体表現のリアリズムと精神性が融合した、異例の宗教画
  • レオナルドの完璧主義と、依頼の中断によって完成しなかった可能性が高い

本作が持つ意味

  • 他の宗教画と異なり、「神聖さ」ではなく「人間の苦しみ」に焦点を当てている。
  • レオナルドは、宗教画を超えた「人間存在の探求」としてこの作品を描いたのかもしれない。

『聖ヒエロニムス』は、レオナルド・ダ・ヴィンチが目指した「芸術と科学の融合」を象徴する作品として、今もなお美術史の中で重要な位置を占めている。

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